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世界初!?発達障害と柔道のサミットが開催。16名の指導者が子供の成長を報告

NPO法人judo3.0は、2021年2月21日(日)、発達が気になる子が輝く柔道サミットを開催しました。以下、その報告です。

1.概要
2.指導者16名による講義の要旨
3.参加者の感想
4.サミットを振り返って

1. 概要

概要

日時:2021年2月21日(日)10:00~17:30
場所:オンライン(ビデオ会議zoom)
内容:発達が気になる子への指導に取り組む16名の柔道指導者による講義とグループトーク
対象:発達障害と柔道指導に関心がある指導者・保護者・学生など
主催:NPO法人judo3.0
協力:石川県柔道連盟(本サミットを有益な研修として県内の指導者に案内及びその参加費用を負担)
助成:2019年度スミセイコミュニティスポーツ推進助成プログラム
詳細:チケット販売ページ(peatix)WEB特設ページ

目的

発達障害は大きな社会課題として認知され様々な支援が行われており、各種のスポーツクラブや福祉施設で発達が気になる子に運動を提供する取り組みはありますが、発達が気になる子のスポーツ環境を組織的に改善しようという取り組みはあまり見当たりません。そこで、NPO法人judo3.0は、全国8000以上のチームがある柔道に注目し、全国各地で、発達が気になる子への指導に取り組む指導者と、そのノウハウを学びたい指導者らが共に学ぶ場として「発達が気になる子が輝く柔道サミット」を開催しました。

主催者メッセージ

大きな社会課題となっている発達障害ですが、近年、運動についての研究は進み、様々な面から運動が子どもたちの発達を促す効果があることが示されています。つまり、発達に凸凹のある子供たちは運動を必要としているのですが、凸凹のある子どもたち一人ひとりに十分に運動が届いているでしょうか。医療や福祉における一部の専門家だけでは子どもたちに必要な運動を届けることができません。

「スポーツ」の力が必要とされています。

本サミットは「柔道」の力で凸凹の子どもたちの教育に当たる有志が集結して、子どもたち誰一人取り残されることなく、柔道を通じて笑顔で成長していく、インクルーシブな社会をつくろう、という挑戦の場になります。有志の皆さま、ぜひご助力いただけたら幸いです。酒井重義 NPO法人judo3.0

当日の様子

参加者及び講師合わせて51名が参加。最初に自己紹介をするアイスブレークをした後、16名の講師による講義について、 ①講師の講義(10分~15分)、②参加者が小グループに分かれて感想や疑問点を話し合う(5分)、②講師と参加者との質疑応答(10分程度)という形式で行われ、最後に、各参加者から本サミットの中で特に印象的だったことの報告が行われた。

2. 指導者16名による講義の要旨

第1部:研究・福祉・医療からみた発達障害と柔道

「発達障害と柔道の現状と課題」西村健一氏 島根県立大学准教授

講義の要旨

柔道指導者が特に注目すべきものとして「発達性協調運動症」があり、不器用さは学力不振や孤立化、自己肯定感の低下など様々な悪影響があるが、指導者は柔道を通じて不器用さの改善に取り組める。また、子供の問題行動には指導者の不明瞭な指示が原因となっているものがある。子供に伝わりやすい言葉で指示を出すよう指導者が工夫することが大事である。

講師


西村健一氏
島根県立大学准教授。専門は特別支援教育学。公認心理師。臨床発達心理師スーパーアドバイザー。発達障害の研究者で、認知や行動に関する論文を多数発表している。著書に「子どもが変わる! ホワイトボード活用術( 見る・聞く・書く・話す・参加するために)」読書工房(2017/11/30)(共著)などがある。少年柔道クラブ及びスペシャルオリンピックス日本柔道プログラムの指導者。

「柔道には生活を改善する力がある」辻和也氏 社会福祉法人わらしべ会

講義の要旨

わらしべ会は大阪府枚方市で1970年代から脳性まひ、知的障害、発達障害などのある大人・子供への柔道教室を運営しており、1990年代にはヨーロッパに行ったり、最近はスペシャルオリンピックス柔道に取り組んだりしている。障害のある人々について、就労や住居、旅行などの余暇の支援はあるが、運動の支援があまりない。障害があると既存の柔道クラブ、スポーツクラブに参加することが難しい現状があるのでみんなで改善していきたい。

講師


辻和也氏
社会福祉法人わらしべ会理事長。大阪府在住。わらしべ会障害者柔道教室で知的障害のある人の柔道を指導。入職当時からわらしべ会で実施されていた障害者柔道にかかわり、柔道による障害者と子どもたちの交流なども経験し、障害者柔道国際大会(イタリア、ドイツ)の引率なども行った。相談支援を担当していた経験から、柔道や運動が健康的な生活の維持にどうかかわるかという視点で指導を行っている。

「柔道にはメンタルを改善する力がある」河野茂照氏 作業療法士 社会医療法人清和会西川病院

講義の要旨

精神科の病院で入院患者及び外来患者にソーシャルスキルトレーニング(SST)として柔道を提供しているが、自殺未遂を繰り返していた患者が回復していったり、うつ病の患者が回復していったりしている。柔道にはメンタルを支える力がある。

講師

河野茂照氏
西川病院で20年柔道療法を行ってきた、西川正医師のもとで、柔道療法を精神科でSSTを用いた柔道療法を一緒に実施してきました。そこでスペシャルオリンピックスと出会い現在、発達の柔道仲間と楽しんで、生活の力としています。

第2部:いま少年柔道クラブの現場で何が起きているか?

「指導者全員で研修を受けてクラブが変わった」佐藤正明氏 新潟 黒埼柔道連盟

講義の要旨

周りとトラブルを起こしたり、落ち着きがなかったりなど凸凹の子どもたちをどう指導したらいいか悩んでいた。発達障害と柔道の勉強会があったので指導者全員で参加して指導法を学んだ。そして、毎回練習後に指導者同士で話し合いをしながら、叱るのではなく褒めたり、生徒同士の助け合いを促進するような指導法に変えた。その結果、生徒が集中して練習できるようになったり、道場の雰囲気が明るくなったりしており、保護者からも評価されている。

講師


佐藤正明氏
新潟県新潟市内在住。黒埼柔道連盟の指導者です。中学から高校まで部活で柔道をしていましたが、十数年後にまた始めた事がきっかけで指導者になりました。柔道連盟に入ってくる子の中に発達障害グレーゾーンの子が多々見られるようになりどう対処して良いか悩んでいる所にこのようなきっかけができ参加致しました。自分の体験を参考にして貰えたらというのとアドバイスが頂けたらと思います。よろしくお願いします。

「”グニャグニャ”から”ピン!”がポイントだった」菅麗子氏 埼玉 埼玉県女子柔道振興委員会

講義の要旨

地域の柔道クラブでコミュニケーションが苦手であったり、不器用であったり、気持ちの浮き沈みが激しかったりなど様々な凸凹の子どもを指導し、彼ら彼女らが柔道しながら成長していく様子を見てきた。何が成長のポイントかを考え、judo3.0の研修会に参加して気づいたことがある。思い返してみると、「グニャグニャ」だった生徒の姿勢が「背筋ピン!」になったとき、生徒の問題行動が減っている。できない運動ができるようになることで、子供の生活、対人関係が変わってくる。このことに気づいて指導者としてモチベーションがわいた。みんなに柔道をしてほしい。

講師


菅麗子氏
埼玉県女子柔道振興委員会委員。地元の柔道教室で約10年指導を行う。現在は仕事の都合で活動自粛中。埼玉県上尾市在住。学生時代に柔道経験があり、娘が柔道を始めた事をきっかけに、柔道を再開。指導する中で、運動や心に課題を抱える子どもたちが多くいる事に気がつき、発達障害と運動について興味を持ちはじめた。

「”褒める”と”待つ”で指導者として成長」高山征樹氏 石川 内灘町少年柔道教室

講義の要旨

地域の柔道クラブで、途中で動かなくなったり、意思疎通が難しかったりという凸凹の子どもたちを指導していたが、当初は指導をしても、積極的に取り組まない生徒を叱っていた。あるとき褒めたら練習に積極的に取り組んだので「褒める」の効果に気がついた。以降、「叱る」から「ほめる」指導に変え、できないときは「待つ」というように指導法を変えたら、凸凹の子どもたちが柔道を集中して練習するようになった。この指導法は凸凹の子どもだけでなく定型発達の子供にも同じように有効だった。凸凹の生徒のおかげで指導者として成長することができた。

講師


高山征樹氏
石川県金沢市在住。金沢市のすぐ隣の内灘町という海辺の町の内灘町少年柔道教室の指導者。怖い役の先生は他の先生に任せて『明るく楽しく柔道を好きになってもらう』を理念に指導中。柔道指導の中、人生で初めて凸凹の子と接し指導方法に悩みながら日々、思考錯誤しながら奮闘中。

「柔道には人をイキイキさせる力がある」藤田賢太郎氏 新潟 葛塚柔道会

講義の要旨

地域の柔道クラブで15年ぐらい前から凸凹の子どもたちを指導している。無気力であったり、人との関わりが難しかったり、すぐに泣いてしまったりなど、様々な凸凹の子どもたちがいるが、クラブ内で〇〇係という役割を持たせたり、小さな成功体験ができるようサポートしたり、寄り添って話を聞いたりなどすることで、子供たちは笑顔を見せたり、泣かなくなったり、稽古を真剣にやるようになったりなど、子供たちは成長していく。本人が喜ぶと保護者、指導者がうれしくなるし、柔道には人をイキイキとさせる力がある。

講師


藤田賢太郎氏
新潟県、葛塚柔道会。小学2年生から柔道を始める。28歳から少年柔道に携わる。35歳頃に知的障害者の男の子が(少2?)入門してくる。その子がトイレで柔道着にうんちをつけてしまう。「汚い」と思ってしまいフォローがうまく出来ずにいた。その後辞めてしまう。「もしかしてあの時にちゃんと対応していれば」の気持ちが強くなり凸凹柔道に興味を持つ。知的障害や特性の持った子供の指導は積極的に行いたいと思っている。

第3部:「柔道療育」というフロンティア-放課後等デイサービスを運営して-

「土台は身体のバランスを保つ力」浦井重信氏 大阪 放課後等デイサービスみらいキッズ塾

講義の要旨

放課後等デイサービスで柔道を取り入れている。学習や行動に問題がある場合であっても、考えたり、何かを目で見たり、手を使ったりという土台になるものは身体のバランスを保つ力である。柔道はそのバランス力を高めるうえで有効である。柔道は、1対1で組み合うため、他のスポーツと比較して支援者による難易度の調整が簡単であり、凸凹の子供の自己肯定感を容易に高めることができる。凸凹の子どもは居場所を得る、存在を認められると「何かしようかな」という気持ちが生まれて成長していくので、道場が凸凹の子どもたちの居場所になることが大事である。

講師


浦井重信氏
一般社団法人児童基礎体力育成協会代表理事。プロスポーツトレーナー協会公認メディカルトレーナー。柔道整復師。整体師。大阪府堺市にて、文武両道の放課後等デイサービス「みらいキッズ塾」を運営し、発達障害のある子供に対して柔道を中心とした運動プログラムと学習支援を行っている。少年柔道クラブの指導者。

「子供たちはやればできる」内村香菜氏 鹿児島 放課後等デイサービス笑光

講義の要旨

フランスの柔道療育を学び、放課後等デイサービスで柔道療育を始めた。順番にこだわりがあったり、自己肯定感が低く新しいことに挑戦しなかったり、落ち着きがなかったり、周りに配慮することができなかったりするなど様々な凸凹の子どもがいるが、柔道をはじめた子供たちは、生活習慣が改善したり、衝動的な行動が減ったり、コミュニケーション能力が向上したり、新しいことに挑戦しはじめたりなど、様々な成長が見られる。また、高かった中性脂肪の値が大幅に下がったり、「黒帯を取りたい」という欲求がうまれて頑張り始めたりもある。やらないからできないだけで、子供たちはやればできる。

講師


内村香菜氏
合同会社笑光代表。奈良県の私立の高等学校で5年間勤務。鹿児島県立鹿屋養護学校で2年間勤務。養護学校で勤務している際に女子と出会う、そしてフランスへの2度の柔道療育視察を経て施設の開所を決意。2019年4月~鹿児島県鹿屋市で放課後等デイサービス笑光を開所し、障害のある子どもたちと一緒に柔道に取り組んでいます。やらないから出来ないのであってやればできる!子どもの可能性は大きい!!

「柔道は保護者の評判がいい」森川半四郎氏 京都 放課後等デイサービスきらめき

講義の要旨

約半年前から放課後等サービスを立ち上げ、柔道クラスをはじめた。これまで4人の生徒が柔道クラスに参加している。意思表示があまりしない、衝動的に行動する、家族に暴力をふるう、パニックになるなどの凸凹の子どもたちが、柔道をすることを通じて、落ち着いて行動するようになったり、衝動的な行動が減ったり、意思表示をよくするようになったりという成長が見られる。複数のメニュがある中での柔道クラスなので選ばない子供もいるが、多くの保護者からは「柔道ができるんですか」と評判がいい。

講師


森川半四郎氏
(株)半左衛門代表。放課後等デイサービスきらめきを運営。京都府京都市在住。2年前に保健体育教員を退職し、昨年6月より放課後等デイサービスを開所。障害のある児童生徒に安心安全快適で居心地の良い場を提供したいと思い開所。教員時代の柔道指導経験を活かし貢献できないか研究中。

第4部:学校における発達障害と柔道

「生活リズムを崩した中学生が柔道で回復」向井淳也氏 長崎 中学校柔道部外部指導員・諫早クラブ

講義の要旨

不登校など発達に凸凹のある中学生が多く所属する柔道部の外部指導をはじめ、当初は生徒が稽古に来ないなどの状況であったが、2年後には県大会の団体戦で男子が準優勝、女子が優勝するまで成長した。深夜までゲームをして朝起きることができず学校を休むなど生活リズムを崩している生徒が多く、部活動に参加できない生徒が多かったため、「諫早クラブ」という柔道クラブを別につくり、学校に行くことができなくても柔道の稽古ができる環境を作った。そうすると次第に柔道に夢中になっていって生活リズムを維持できるようになり学校に行くことができるようになった。服薬が必要なくなるほど成長した生徒もいる。

講師


向井淳也氏
長崎県 諫早クラブ代表。長崎県諫早市在住。市立諫早中学校柔道部外部指導員。中学生の指導歴は18年になります。諫早中を指導して3年目です。凸凹の子が多いことから試行錯誤しながら指導にあたってます。学校部活中心の活動が基本です。

「小学生の体力低下と地域の柔道クラブの役割」飯塚守氏 島根 小学校教員・ユニバーサル柔道アカデミー島根

講義の要旨

小学生の体力は低下している。スマホでのゲームなどが原因。肥満の小学生も増えている。よく運動するグループと運動しないグループの二極化がある。朝食をとらなかったり朝食のバランスが悪いと学力に悪影響がある。個別の支援が必要な小学生が増えており、地域との連携がますます重要になってくるが、人数が増えていることから負担も大きい。発達が気になる小学生の多くは運動する機会が少なく、地域のスポーツクラブに入会しても続かなかったりするから、地域で柔道する機会があるといい。そこでユニバーサル柔道アカデミー島根を立ち上げ、スペシャルオリンピックス柔道を4地域ではじめ、発達が気になる子や知的障害がある子たちが柔道できる環境作りをしている。

講師


飯塚守氏
島根県 小学校教諭・ユニバーサル柔道アカデミー島根。ユニバーサル柔道アカデミー島根は、誰もが柔道に親しめる環境「柔道のユニバーサルデザイン化」を目指し、2016年11月から、島根県内の松江、出雲、江津、浜田の4地域にてスペシャルオリンピックス柔道をはじめるなど、インクルーシブな柔道環境づくりに取り組んでいる。

第5部:柔道クラブの新しい形を模索して

「”柔道家”に変身する楽しさ」綾川浩史氏 栃木 文武一道塾 咲柔館

講義の要旨

2020年から、文武一道 咲柔館を立ち上げ、専業で柔道指導を始めた。「発達障害があるが大丈夫か」という問い合わせもいただいており、研修を受けて指導を学んできた。発達に凸凹のある小学生の男子が入塾し、当初は消極的であったり、柔道着を着ることができなかったりしたが、柔道をすることを楽しみにしておりどんどん成長していった。その成長の要因として、本人が柔道場で柔道着を来て柔道家に「変身する」という楽しさを見出していること、保護者の理解、一緒に柔道を習っている他の生徒とのつながりが大きいと思う。

講師


綾川浩史氏
文武一道塾 咲柔館 館長。國學院大學栃木中学・高等学校において17年間勤務、女子柔道部監督を務める。その後、文武一道塾志道館(東京)において幼児から社会人まで幅広い年齢層を指導したのち、2020年6月21日、栃木県栃木市に文武一道塾 咲柔館を開館する。

「”遊び”と”笑顔”で柔道クラブが復活」佐伯智津江氏 山口 田布施町柔道スポーツ少年団

講義の要旨

当初は、子供は指導者の指示されたことができないと叱られる、練習は試合で勝つために行うものであり、練習中に子供たちが笑うことは許されない、保護者は稽古に関われない、というような方針の柔道クラブであった。しかし3年前に生徒が著しく減ったので、指導方針を変え、遊びをたくさん取り入れた稽古をする、キャンプや田植えなどの多様な体験活動をする、子供の「〇〇をやりたい」を尊重してたくさん笑う、保護者も稽古に参加できるとした。その結果、保護者の口コミで町外からも生徒が入会するようになり生徒が増えた。半数以上が発達に凸凹のある子供である。今は道場に子供保護者の笑い声が響いている。

講師

佐伯智津江氏
山口県 田布施町柔道スポーツ少年団。小学1年から柔道を始め中学、高校、大学、社会人まで選手、その後、指導者として柔道に関わっています。練習の輪に入れない、ついていけない子どもがどんどん辞めていったときに思い切って方向転換を提案しました。何度も話しをして賛同してくれた指導者と「続けたい」と言ってくれた子どもたちでやっていくことになりました。勝敗にこだわる柔道をやめて、楽しい練習に変えました。今は笑顔や笑い声が道場に響くくらい楽しく練習をしています。

「勝つことを一旦止めて子供を地域で育てる」長野敏秀氏 愛媛 ユニバーサル柔道アカデミー

講義の要旨

少年柔道クラブで強いチームを作ることが地域貢献だと思い20年ほど指導してきた。しかし途中でやめてしまう生徒がいたり、クラブを卒業した生徒から柔道が嫌いだったという話を聞いたりして、自分の指導に疑問を持つようになった。そこで約5年前、「勝つことを一旦止める」という方針を掲げ、発達障害があってもなくても柔道に親しめる柔道クラブ「ユニバーサル柔道アカデミー」を立ち上げ、子供をみんなで育てる、道場が子供たちの居場所になるような運営をすることで、柔道の価値探求に努めている。今、道場には、たくさんの親子の笑顔がある。

講師


長野敏秀氏
ユニバーサル柔道アカデミー代表。四国中央市役所発達支援課( 子ども若者発達支援センター) 勤務。一般財団法人愛媛県柔道協会理事。発達障害コミュニケーション中級指導員。心理学NLP プラクティショナー。2015 年9月、愛媛県四国中央市にて、発達障害のある子もない子も共に柔道ができる環境を目指して、少年柔道クラブ「ユニバーサル柔道アカデミー」を設立。

第6部:世界と連携する

「インクルーシブ柔道が柔道の発祥国から発信されるインパクト」Viktorija P. Oblak氏 スロベニア柔道指導者

講義の要旨

私はスロベニアで25年前からインクルーシブな柔道に取り組んでいる。以前はスロベニア柔道連盟のインクルーシブな柔道の委員会の委員長をしていた。ヨーロッパでは「Judo for all」を合言葉にインクルーシブな柔道に取り組んでいる。2年前にはヨーロッパ柔道連盟が主催したインクルーシブな柔道をテーマにしたキャンプがあり各国から生徒と指導者が集った。インクルーシブな柔道に取り組み指導者が世界的につながっていくことが大事である。柔道の発祥地である日本からインクルーシブな柔道が発信されるインパクトは大きい。

講師

Viktorija P. Oblak氏
スロベニア柔道指導者。スロベニアの柔道クラブで様々な障害のある人々の柔道指導に取り組む傍ら、スロベニア柔道連盟のインクルーシブ柔道委員会の委員長を務め、スロベニア及びヨーロッパでのインクルーシブな柔道の普及に取り組む。

3. 参加者の感想

感想

ご参加者から以下のような感想をいただきました。

  1. 「教室での指導に疑問を感じ、試行錯誤していましたが、やっていったことの方向性に確信を持つことができました。新たな学びにもつながり、目からウロコがおちるような充実した一日でした。」
  2. 「凸凹の子供達の悩みが全国どこでも似たような事があるのだと勇気づけられたことと、色々なアプローチの仕方があるのだと気付かされました。この事を他の指導者と共有して次回の練習から実践しようと思いました。」
  3. 「福祉、医療、学校、クラブなど様々なスタイルで柔道が活かされていることを新たに知ることが出来ました。人間すべて凸凹があって当然で、全ての人に笑顔になる権利はある。幸せや楽しさを感じる権利がある。それを引き出す要素が柔道の道にあり精力善用・自他共栄にも通ずると改めて痛感しました。柔道で成長する笑顔を増やす方法やテクニックの参考になる事例をお聞きすることができました。本当に貴重な時間となりました」
  4. 「書き写したい内容が盛りだくさんでしたが、書ききれなかった点です。でも盛りだくさんだったので大きな学びにつながりました」
  5. 「今回のサミットを通して多くの先生方と交流する事ができました。共感できる仲間達がいることが大きな力となりました。子ども達の笑顔のためにまた明日からがんばろうと思います」
  6. 「多くの事例が聞けて本当に良かったですし、更なる勇気とパワーをいただきました!最後には、海外からの参加もありクオリティーの高いサミットになったと思います」
  7. 「音声のみ聴講させていただくという形でしたがあっという間に時間が過ぎていきました。 私も支援学級の担任をしていて発達に凸凹のある生徒たちと毎日過ごしております。日々そういう子達の教育に柔道は強力な武器になるなぁと感じていました。 本日登壇いただいた先生たちから同じ課題にぶつかり、そこを乗り越えるために工夫されているお話を聞けて心強く感じた次第です」
  8. 「褒めることの大切さを知った。子供の成長を知ることができないと褒めることができない。一人ひとりの子どもとしっかり向かい合っていこうと思った」
  9. 「全体的に「笑顔が増えた」という報告が多かった。子供の笑顔が大事であると再確認した。指導者が自分の指導を評価するとき、毎回の練習が生徒の笑顔で終わっているかがポイントになると思う」
  10. 「情熱のある指導者に会うことで自分自身を見直す機会になった。それぞれの指導者が苦労されながら活動をしていることを知り、自分は一人ではないと分かり、元気づけられた」
  11. 「いろいろな立場の先生が話をしていただいたので、とても参考になりました。このような取り組みが広がり、柔道が習いやすい競技になってくれたらと思います」
  12. 「私が思っていたよりも柔道の可能性が広がりました」
  13. 「全てが勉強になりました。新しく知る事だらけでした。この様な機会を作って頂き、本当にありがとうございました。次もあれば参加したいなと思います」

評価:85%がとてもよかった

参加者アンケート(無記名)にてサミットの評価(5段階)を伺ったところ、20名から回答をいただき、「5とてもよかった」が85%、「4まあまあよかった」が15%、3~1は0%であった。

4. サミットを振り返って

社会と柔道

柔道による発達の凸凹の改善

近年、様々な研究が発達障害の改善に運動が有益であることを示しており、本サミットでは、数々の指導者が発達に凸凹のある子供たちが柔道を通じて成長した様子を報告した。もちろんこれは事例報告に過ぎず、子供の成長が柔道によるものなのか否かを科学的に明らかにしたものではないが、本サミットは、凸凹の子どもたちは柔道をしたら成長していく、これを再確認する機会となった。

柔道の普及

本サミットでは、指導者が指導法を工夫したり、クラブの運営方針を改善したり、外部の機関と連携するなど、様々な取り組みをすることで、生徒が柔道に夢中になった、生徒が辞めなくなった、生徒が増えた、保護者から高い評価を得た、道場が明るくなった、子供の笑顔が増えたことなどが報告された。本サミットは、この分野に力を入れていくことで、柔道が新たに普及していくことを確認する機会になった。

インクルーシブな社会にむけて

近年、障害者差別解消法が施行されたが、その理念は「障害」は個人ではなく社会にあるという点にある。例えば、視力が低いとき、眼鏡があれば日常生活に支障はない。しかし、もし眼鏡がない社会にいたら視力が低いことが障害になってしまう。眼鏡がない、という社会に障害があるのである。
本サミットの登壇者は、いずれも柔道クラブをインクルーシブなコミュニティに進化させようと奮闘しており、社会にある障害を取り除こうとしている実践者である。本サミットは、柔道という領域において、インクルーシブな社会の実現に向けて奔走している人々がいることを明らかにし、かつ、そこに向けて歩みたいと思う人々に勇気と知識を与える機会となった。

今後の運営

1.サミットという仕組みの有効性

全国各地の地域、福祉、学校、医療のそれぞれの領域で活動されている16名の指導者のお話は実践知に富んでおり、参加者はそれぞれ気づきを得たり、勇気や自信を得たりしていた。発達に凸凹のある子供の指導に取り組む各地の実践者が集い、その情熱と知見を人々に伝える場はこれまで日本になく、本サミットがはじめの取り組みとなるが、インクルーシブな柔道指導を広げていく仕組みとして有効であり、第2回、第3回と定期的に開催していく価値があることを実感した。

2.地域の柔道協会さまとの連携

発達障害は大きな社会課題であり、実態調査は見当たらないが、見聞きする限り、多くの柔道クラブに発達障害があったり、いわゆる「グレーゾーン」である子供が数名所属している実態がある。したがって、発達障害と柔道指導に関する知識やスキルは、基本的に、各クラブ1名以上の指導者が体得することが望ましいが、全国に指導者は約2万人、柔道クラブは約8000あるため(2019年時点)、どのようにしてこのノウハウを広めていくのか課題となる。
この点、石川県柔道連盟さまは独自の取り組みとして指導者向けの発達障害に関する研修を早くから行っており、今回は、本サミットを指導者研修の機会として県内のすべての指導者に案内し、その参加費を負担、石川県から最も多くの指導者が参加くださった。発達に凸凹のある子供の柔道指導に関心が高い地域の柔道協会さまとの連携が今後の課題である。

3.海外の指導者との連携

ヨーロッパはインクルーシブな柔道という点では先進的であると思われるが、ヨーロッパの指導者からお話を伺うことで、今回のサミットと同様、日本のインクルーシブな柔道の経験を海外の指導者へ共有するとともに、海外の指導者から学び、世界各地の有志と連携しながら進んでいく必要がある。

4.教材づくり

NPO法人judo3.0は、2020年5月、書籍「発達が気になる子が輝く柔道&スポーツの指導法」を出版するなどして、発達が気になる子に対する指導法の体系化を進めているが、本サミットで報告された16名の指導者の豊かな実践知についても、教材として整理し、多くの指導者がアクセスできるようにする必要がある。また、書籍だけでなくビデオ教材などを活用して、指導法を学びたい人が迅速に学ぶことができる仕組みを作っていく必要がある。

5.柔道及び指導者のすばらしさ、誰一人取り残さない

登壇くださった指導者、そして参加者に共通していたのは柔道教育への情熱である。柔道指導を通じて、そして、柔道コミュニティの運営を通じて一人ひとりの子供たちの成長を図ろうとする姿勢、試行錯誤する姿に心打たれた。ただし、このような指導者、柔道クラブに出会える子供、出会えない子供がいる。誰一人取り残さない世界に向けて、今回のサミットで出会った有志とともに、一歩一歩前に進んでいきたい。

(文責:酒井重義 NPO法人judo3.0)