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ゆにじゅ~創設物語(下)

これからの柔道の指導者や柔道クラブのあり方について、発達障害があってもなくても柔道ができる環境をつくるため、愛媛県四国中央市にて「ユニバーサル柔道アカデミー」(ゆにじゅ~)を設立した長野敏秀先生の事例をもとに考えます。
<目次>
ゆにじゅ~創設物語1~選手として柔道から学んだこと~
ゆにじゅ~創設物語2~指導者として危機に直面~
ゆにじゅ~創設物語3~ゆにじゅ~の実践~(※今回)

6.20年の指導者人生で感じた勝つこ

10.指導に必要なことを教えてくれる発達凸凹

平成27年9月に設立した「ゆにじゅ~」では、当初より障がいの有無にかかわらず柔道ができる環境を目指しています。それは、障がい者を分けて専門的に指導する方法ではなく、今の日本が目指している「共生社会の実現」への挑戦です。

現在も、全国各地で多くの指導者が、強い選手の育成やチームづくりに自身の時間や労力を費やし、献身的に子供達の指導に取り組んでおられることにはとても頭が下がる思いです。そして、200以上もの国や地域に広がった柔道で、今もなお多くのメダルが期待されるような選手が育つ日本柔道界を支えているのは、間違いなくこのような指導者の力なくしてはありえないと思っています。そのような形で、柔道で子供達の健全育成に真摯に取り組んでおられる指導者の皆様に、心からの敬意を表しています。しかし、私自身もそのような世界に身をおき、成果を残す選手が生まれる一方、特に発達に特性のある子供達が零れ落ちる現状があります。それを見て見ぬふりをしたり、邪魔者扱いすることは「精力最善活用」「自他融和共栄」の理念に反するのではないか、社会に貢献する人材の育成が目的なのであれば、その子達にこそ柔道が寄り添い、役立つようなものにする必要があるのではないのか。との思いを強く持つようになるのです。そんな思いを募らせながら、これまでの自身の指導を振り返ると、「もっと違う指導ができていたら、あの子に柔道を続けさせてあげられたのではなかったのか。」「知識がなかったがために、あの子を傷つけてしまったのではないか。」そんな後悔の念が拭えない自分がいるのです。

約半年ほどの試行期間を経て、「障がいの有無に関わらず柔道に親しむことができる環境を目指す!」とのコンセプトを掲げて、平成27年9月にスタートした「ゆにじゅ~」ですが、そのコンセプトに共感してくれたり、他の競技や他の道場でには行けなかったけどここなら大丈夫かなといってお子さんを連れてきてくれる親御さんが多数おられ、何らかの発達特性により福祉サービスを利用しているお子さんや、特に療育につながってはいませんが一斉指示が苦手だったり、感情の浮き沈みが激しかったり、落ち着きがなく多動傾向であったりと、いわゆるグレーと言われるお子さんもおり、やはり通常の道場よりは何らかの特性を有したお子さんの割合は多い状況でのスタートとなりました。

活動は想像していた以上に大変なものでしたね!当初は、あちこち走り回る子供達で収拾がつかなくなったり、時々うずくまって動かなくなるお子さんがいたり、兄弟げんかが勃発したり、危険認知が低く高い棚に登って飛び降る子がいたり、道場内にある竹刀や剣道の防具、トレーニング器具が気になって脱線したり、ホワイトボードに落書きを始めたり、突然外に飛び出したり、部室に籠ったり、自由なタイミングで水分補給に行ったり、柔道着を脱いだりと、考えていたプログラムが上手くいかないこともたくさんありました。活動は、毎回本当に手探りで、うまくいったな!と思ったプログラムも、次にはまた集中力を欠くなど、なかなか安定した状況にはなりません。しかも見学に来られた武道の経験がある親御さんからは、お子さんが楽しそうに取り組めているにも関わらず、「こんなの柔道ではない」とか「もっと厳しくしてほしいから他に連れて行きます!」などとの保護者の要求に応えることができず、去っていく家庭も少なくありませんでした。何度も何度もスタッフで協議を重ね、親からも話を聴く機会を定期的に設けてお子さんの普段の状況や特性を教えてもらったり、Eラーニングを活用して「発達障害コミュニケーション指導員」のスキルを学び資格を取得したり、近くで行われる研修会や講習会に積極的に参加するなど、日々知識を深めながら多様なニーズに対応できるよう努めてきました。現在も、まだまだ試行錯誤の連続でが、本当に少しずつではありますが、「今日は、なんかよかったよね!上手くいったね!」と言える日が、増えています。

そして、そんな活動を通して気づくことが少しずつ増えてくると、特性のある子が興味を示してくれるメニューは、特性のある無しに関わらず興味を示してもらえるメニューであることや、発達特性からくる感覚過敏や不器用さ、いわゆる空気を読まない発言や行動も、発達特性の理解が進めば、どのように伝えるのが伝わりやすいのか、上手く導くことができるのかなど、その子に応じた対応方法などが少しずつわかってきます。そして、特性を理解した上での指導は、基本的に多くの事を受け入れることができる環境であり、その中で一緒に過ごしている子供達は、みんな優しい表情で過ごしてくれているのに気づきます。

今年の東京大学の入学式で、認定NPO法人ウィメンズアクションネットワーク理事長の上野千鶴子氏の祝辞が話題になりました。その中で私が印象に残っている言葉をご紹介させていおただきます。

『世の中には、頑張っても報われない人、頑張ろうにもがんばれない人、頑張りすぎて心と体を壊したひとがいます。頑張る前から「しょせんお前なんか」「どうせ私なんて」とがんばる意欲をくじかれる人達もいます。あなた達の頑張りを、どうぞ自分が勝ち抜くためだけに使わないでください。恵まれた環境と恵まれた能力を、恵まれない人々を貶(おとし)めるためにではなく、そういう人々を助けるために使ってください。そして強がらず、自分の弱さを認め、支え合って生きて下さい。」

名実ともに日本のトップである大学で、このような祝辞が述べられたのは非常に意義深く、そしてまた、柔道の理念そのものではないかと思うのです。これまで自分が勝ち抜くための知識や技能を高めてきたスポーツ界、今こそ、その理念を有する柔道がシフトチェンジ、いや原点回帰すべきではないのかと強く思うのです。それらを、今、私に教えてくれているのが発達凸凹なのだと思うのです!

11.運動能力や自己肯定感の獲得に必要なのは「遊び」からの「学び」

ゆにじゅ~の活動を通して、多くの気づきと学びを得ていますが、特に、重要な気づきは「遊び」が子供達の運動能力や自己肯定感の獲得に非常に大きな要素を占めているということです。自分自身の経験からも、子どもの頃の全力の「遊び」が、最も集中を高く保てたのではないかと思いますし、自らハードな運動に楽しみながら取組めていたと思います。また、遊びの内容によっては、頭をフル回転させて工夫したり、かくれんぼ一つをとっても、メタ認知という第三者の視点を自然に覚えたり、異年齢のコミュニティのなかで、年下を守り年上に守られながら、小さな冒険を通して達成感を味わうことで、自己肯定感を高めてきたような気がします。時々勘違いをされるのは、「遊び」=「ふざける」ということですが、私が思う「遊び」は、ある意味「真剣な遊び」です。考えてみてください、多くのスポーツは「PLAYする!」というように、遊びの延長ではないかと思います。例えばサッカーのワールドカップも、世界最大級の真剣な遊びに、世界中が酔いしれているように見えるのです。

このような気づきから、現在の練習プログラムには、これまでの柔道の固定観念を取り払い「遊び」をふんだんに取り入れるように心がけています。おそらく、活動を行うにあたって「勝つことを一旦止める!」というコンセプトを掲げたことで、このような気づきを得られたのではないかと感じており、今や練習が上手くいっているかどうかのバロメーターは、どれだけたくさんの笑顔が道場でうまれたか!で、それは笑顔で一生懸命に取り組む子供たちを見てほほ笑む大人達の笑顔も含めてです。特に少年柔道に求められるのは、真剣な遊びができる場であり、親だけではなく信じられる大人達が見守る安心基地であり、そしてたくさんの仲間とお互いを認め合いながら冒険できるような場所なのではないかと思うのです。

では、実際メニューや心がけていることについて少しご紹介させていただきます。

メニューの柱は、①学びタイム②リズム運動によるウォーミングアップ③じゃんけんを取り入れた体幹系トレーニング④楽しくハアハアゼエゼエの鬼ごっこ⑤コーディネーショントレーニングorビジョントレーニング⑥楽しく柔道の基本練習⑦ふれあいマッサージタイム③2分間黙想・・・こんな感じです。

練習中に心がけていることは、スタッフがテンションをあげて一緒に「遊ぶ」こと。リズムよく練習プログラムを進行すること。できるだけ待つ時間を作らないこと。アイテムを活用して子供達の集団参加を促す工夫をすること。リズム運動や鬼ごっこ、ふれあいマッサージタイムには、音楽をかけ効果を高めること。集合の際はカウントダウン!で呼びかけること。人気メニューをご褒美に位置付け、待つことや頑張りを誘導すること。一方通行の指導にならないよう、質問をすることで一人ひとりが考えながら練習ができるようにする・・・などです。

また、武道である柔道特有の空気も大切にしたいと思っています。毎回15分間は「学びタイム」という時間を設けて、子供達とテーマを決めてディスカッションをしたり、礼法の意味を考えてもらったり、読み聞かせをしたり、時にはスタッフが寸劇をして演者の気持ちを考えさせたり、保護者対象には、柔道の基礎講座やアンガーマネジメント講座、保護者同士の情報交換など、ゆわゆる問答の時間を大切にしています。更に、練習の最後には「2分間黙想」の時間を設けており、「静」の時間の確保や「静」と「動」のメリハリなどを意識し、子ども達が心の中で自分との対話ができる時間を大切にしています。活動当初は、たくさんの子供たちがあちこち走り回る時期もありましたが、現在はほとんどの子供達が2分間の黙想を難なくこなせるようになっており、大きな成果として捉えています。

12.ポイントは「承認」と「学びのプロセス」と「聴く力」

ゆにじゅ~のコンセプトとして掲げている「勝つことを一旦止める!」は、分かりやすい成果を排除することで、それ以外の価値を見えやすくすること、そして子供達の良さに目を向け伝えることで、自己肯定感を高めることを期待するものです。また「褒める」そして「認める」という「承認」をベースにした子供達との関わりも意識しています。この「褒めること」「承認すること」については、ユーチューブで講演内容をガンガン発信している講演家の鴨頭嘉人さんの「5つの承認力」がとても参考になります。

「褒めて伸ばす」ことが大切であると言われますが、私はこの「褒める」という言葉に少し違和感を感じています。それは「褒めること」がいけないのではなく、「褒める」ポイントが、何かができた時やそのプロセスに限定されてしまうことにあります。何でもかんでも褒めるのは、本気の「褒める」ではないので、子ども達はすぐに気づきます!大切なのは「褒める」を包含した「認める」ことだと思います。鴨頭氏の「5つの承認力」によれば、①成果への承認②プロセスへの承認、この後に③行動の承認④意志の承認⑤存在の承認と深まるとのことです。そして、①の成果と②のプロセスは褒められても、③以降はなかなか褒めることにはつながりません。そこで、どのように承認するのかというと「ありのままを認める、受け入れる」ことなのだそうです。つまり、結果がでてなくても挑戦した行動に対して「ナイスチャレンジ!」と言えるかどうか。更には、「やってみよう」と意志を持った時に「そう思ったのはすごい!」そして、「今日も来てくれてありがとう!来週も来てね!」と存在を認めることができるか。多くの場合、①と②しかできていないのではないかと思います。③以降の「承認」ができるようになったとき、道場の環境は変わり、子供達の自己肯定感はグッと高まります!
また、もう一つ意識していることが、「学習のプロセス」です。何かを習得する時には、必ず4つのプロセスがあります。これは、前述の心理学NLPで学んだことでありますが、鴨頭氏も同じことを講演で話されています。人間は「快」を求めて行動するのが基本です。しかし、学習のプロセスには、必ず「不快」なプロセスを通らなければならないので、多くの人、特に大人になればなるほど、その「不快」を避け出来ないとあきらめてしまいます。そして、もっと問題なのが、子供達が何かを学ぶプロセスの中で、この不快を感じた時に、指導者が心無い言葉をかけていることです。
学習のプロセスには、まず1段階目が「無意識無能!」つまり知らないできない段階。2段階目に「有意識無能」意識してもできない段階。そして、3段階目に「有意識有能」意識すればできる段階。そして最後に「無意識有能」意識しなくてもできるという段階があるのですが、1段階目と4段階目が「快ゾーン」で、2段階目と3段階目が「不快ゾーン」な訳です。多くの場合、この2段階目で「何度言ったらできるんだ!」とか「やる気がないからできないんだろう!」とかといった心無い言葉をあびせ、4段階目に到達するスピードを遅らせるばかりか、挑戦する気持ちをそいでしまい、結局達成感や「快」を味わえない為に、楽しくなくなり、その競技を去っていったりといったことが起こるのではないかと思うのです。この意識してできない時には「できないことがわかったことも成長である」と思えるかどうかが重要で、この時に、子ども達の声にならない声に耳を傾け、寄り添いながら成長を促していけるのがこれから求められる指導者の姿であり、特に、普段から怒られることが多い発達に特性のある子供達の指導にはこの視点が必要で、この視点がベースにあれば、大きな過ちはないと言っても過言ではありあせん。今も後を絶たないスポーツ指導者のパワハラや子供への虐待なども、この考え方を身につけることができれば、その多くが解決に向かうのではないかと思うのです。

13.道場に求められる新たなコミュニティーのかたち

約3年半のゆにじゅ~の活動で、これまでの道場にはないいくつかの特徴が確立されてきました。

まず、1点目が、さまざまな分野の専門性を持った人達がスタッフとして関わってくれていることです。しかも柔道経験のない人たちが・・・です。現在、ゆにじゅ~スタッフには、数名の柔道指導者のほかに、保育園の園長、ビジョントレーナー、スポーツリズムトレーニング講師、セラピスト、読み聞かせボランティアが関わってくれていますが、私がプログラムをトータルコーディネートし、それぞれが役割を担ってくれていることで道場が笑顔溢れる素敵な空間になっています。

2つめが、学びタイムです!毎回15分から20分時間を取り、子供向けには寸劇や読み聞かせ、積み木を使った算数ゲームや外国語レッスン、柔道で学ぶ大切な要素を日常に当てはめて伝える講義などを、一歩通行の講義ではなく双方向のやり取りを意識して行なっています。また、保護者向けには、園長から子育てに関する講座や活動方針の説明、コミュニケーション講座、保護者同士の情報交換などとして活用し、保護者にとっても過ごしやすい居場所になるよう心掛けています。

3つ目が、保護者との面談です。2から3か月に1度は、保護者一人ひとりからお話を聴かせてもらう機会を設けています。家庭での悩みや子どもの成長についての悩みを聴くことが多くありますが、道場の様子だけではなく家庭での子供の様子を教えてもらうことで、よりその子にあった指導ができるよう心がけるようにしています。更にその内容は、月1回開催しているスタッフ会議で共有し練習の改善にもつなげています。
このような取り組みで感じるのは、子供達の成長には、私達の直接指導も大切ですが、子供の理解に努めながら、いかに環境を調整していくか、またいかに親子の良好な関係構築をサポートできるかが非常に重要な要素だということです。子供の特性に保護者の受容が進まない場合にも、スタッフや他の大人がその子供や保護者に寄り添うことができるような場所が必要であり、道場にはそのポテンシャルが大いにあるのではないか、それが、これから求められる柔道コミュニティではないかと思うのです。

道場がこのような柔道コミュニティとして日本、いや世界各国に広がれば、柔道が持つ本来の価値が更に見出され、多様性を認め合えるインクルーシブな環境が整うのではないかと思います。

14.保護者からの声

先日、保護者からいただいたメッセージを紹介させていただきたいと思います。

”他の習い事では、指導者・保護者ともに、上手になることを期待しがちで、そのためにできない点に目が行ってしまい、場にいることが苦痛!と敬遠することもありました。ゆにじゅ~では、待つことや聞くこと、体のちょっとした動きなどで「できていること」を褒めてもらえます。先週は上手くできたのに、今週はふざけてしまったとしても、今できていることを認めてもらえることが、親子にともに励みになっています。振り返ると、その積み重ねで半年前より成長したなぁと実感することがあります。保護者の勉強会も企画して下さりありがたいです。テーマを決めて悩みや工夫していることを共有しあえる場として、もっと時間が欲しいくらいです。子供の気分にムラがあるので、お休みすることもありますが、リラックスして参加できる貴重な場所となっています。”

このようなメッセージをいただけることが、私達の成果でありエネルギーになっています。これからも、スタッフ一同、たくさんの笑顔を創造し、親子の健やかな成長をサポートしていきたいと思います。

最後に、私達の活動はNPO法人judo3.0のフォーラムの度に取り上げていただき、常に背中を押していただいています。酒井代表との出会いから、本書の執筆もご一緒させていただきました西村様、浦井様をはじめ、各地の素敵な人達と出会いがあり、今もなお広がっています。お陰様で当初の想像をはるかに超えるスピードで活動が大きく展開をしています。酒井代表には、心からの感謝を申し上げますとともに、今後もNPO法人judo3.0とともに柔道のさらなる価値の向上に努めながら、これからも私を成長させてくれた柔道への恩返しを人生のベースとして歩んでいきたいと思います。

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