全日本柔道連盟さまが発達障害の検討を始める!木村昌彦先生インタビュー
2024年4月2日、judo3.0の世界自閉症啓発デー記念ライブ配信において、全日本柔道連盟の木村昌彦先生に登壇いただき、発達障害と柔道について伺いました。
インタビューアー:長野敏秀氏(ユニバーサル柔道アカデミー・愛媛県柔道協会理事長)
木村昌彦先生
長野:今回、全日本柔道連盟様から、指導者養成委員会委員長の木村昌彦先生にお越しいただきました。対談を始める前に、木村先生のご紹介をさせていただきます。
木村昌彦先生は1958年山形県でお生まれになり、筑波大学をご卒業後、山梨大学大学院で博士号を取得、横浜国立大学で教鞭をとり、横浜国立大学附属鎌倉小学校・中学校の校長、教育学部学部長を歴任され、今年3月に定年退職、4月からは附属学校担当の副学長に就任され、引き続き教育分野でのご活躍が期待されるところでございます。
また、神奈川県体育学会長(2024年3月任期満了)、日本武道協議会理事、神奈川県学生柔道連盟顧問、鎌倉市教育委員会点検評価委員、横浜市教育委員会委員(2024年3月任期満了)など、様々な要職でご活躍されております。
柔道では、全柔連強化委員会委員として1992年バルセロナオリンピックから2016年リオデジャネイロオリンピックまで、柔道日本代表選手団に携わられ、2016年リオデジャネイロオリンピックでは柔道日本代表チームのチームリーダーとして選手を牽引されるなど、長く日本代表チームの活躍を支えてこられました。
近年では、全日本柔道連盟指導者養成委員会委員長として、現在の指導者養成システムの礎を築き、このたび、本日のテーマである発達障害と柔道に関して、全日本柔道連盟の担当的立場になられたとお聞きしております。
本日のテーマにふさわしいゲストとして登壇をお願いしたところ、心よく引き受けてくださいました。木村先生、どうぞよろしくお願いいたします。
木村:どうぞよろしくお願いします。
発達障害
長野:まず発達障害に関する認識について、長い教育現場の中で発達障害に関してご苦労された点などがありましたらお聞かせいただけたらと思います。
木村:私が発達障害のある学生と直接接する機会はそれほど多くありませんが、横浜市教育委員会の委員として様々な学校を訪問すると、学校現場にユニークな子供がいて、指導が難しいという話を聞いてきました。
また今、特別支援学級が増えています。なぜ児童生徒が減少しているのに採用する教員の数が減らないかというと、特別支援学級が増えて、担当する先生が必要だからです。
世の中には様々な人がいます。この多様性にどのように対応していくかが今の課題であり、横浜国立大学の理念にも新たに多様性が入り、D&I教育研究実践センターを作りました。世の中では、D&I (Diversity&Inclusion) やDEI&B(Diversity, Equity, Inclusion, and Belonging)というように、多様性、包摂性、公平性、そして、belonging、この場に自分の居場所はあるのか、ということを考えようという方向にあります。judo3.0が進めようとしていることは、多様性という観点から必要なことだと思います。
柔道の役割
長野:勇気が出るお言葉をいただき、ありがとうございます。次に、発達障害のある方々が増加傾向にあると言われている中で、柔道はどのような役割を担うことができるか、柔道にどのような可能性があるか、お聞かせいただけたらなと思います。
木村:トップアスリートの強化に長く携わってきたので、多様な人々の柔道を考える機会は少なかったのですが、強化が終わった後、海外、特にヨーロッパに行くと、自閉症など、様々な人々が柔道をしている場面を見てきました。柔道をすることで人間関係を保つことができたり、自分の身を護ることができたりしますが、なぜヨーロッパでは様々な人々が柔道をしているのに、日本ではそうではないか、疑問をもつようになりました。
そこで、嘉納治五郎先生の書物を読むと、多様性が考えられており、自分の特性に合った柔道をして共に発達していこうということが示されていました。したがって、柔道の競技性だけでなく、柔道の機能的な特性をみんなで考えていくことが必要だと考えています。
柔道人口は減少しています。かつて、柔道に限りませんが、オリンピックで金メダルを取ったら競技人口が増えると言われていました。しかし、このようなスポーツのトリクルダウン効果は神話にすぎないと言われています。
柔道の可能性を広げるために何が必要かというと、柔道そのものの楽しさ、そして、柔道が担うことができる様々な役割を理解することです。したがって、競技力だけでなく、様々な形の柔道のあり方を考える時期に来ていると思います。
指導者
長野:全柔連の長期育成指針を拝見していますが、いまおっしゃったことが長期育成指針でも示されていると思いました。木村先生は柔道指導者の育成に長年取り組んできたと思いますが、これからどのような指導者を育成していく必要があるでしょうか。
木村:子供から高齢者まで、そして、様々な目的を持った人たちが、それぞれ充実した柔道ができるようになることが重要です。
そのためには、経験値は大切ですが、経験値だけの指導から科学的な指導へ変えていくことが必要です。科学的というと、物理や数学を思い浮かべる人もいますが、コーチングにおける科学性とは人を説得する力だと思います。客観的にモノを見て洞察し、様々な知見を論理的に伝えること。例えば、説明するときに、自分の経験のほかデータなどの数字も付け加えて論理的に説明するなど、このようなことができる指導者が求められています。
また、子供を小さい大人のように捉えて指導する人がいますが、子供は大人のミニチュアではありません。発育発達の段階も心のあり方も違います。また、発達障害など障害がある子供達のあり方も多様です。このようなそれぞれの違いに対応して、指導していくことが求められています。
全日本柔道連盟
長野:発育発達の違いを配慮した指導をする必要があり、発達障害もその違いの一つとして捉えることは本当に大事だと思いました。昨年末、全日本柔道連盟さまにjudo3.0から発達障害に配慮した柔道環境を求める要望書を提出させていただきましたが、可能な範囲で、全日本柔道連盟さまの発達障害に関する今後の方向性を教えてください。
木村:リオオリンピックのとき、パラリンピックと一緒に壮行会を行いましたが、視覚障害の柔道からはじまり、様々な柔道があることを感じているのが全柔連だと思います。私は今年4月から全日本柔道連盟の参与となり、週1回は張り付くのですが、全柔連の副会長、中里専務理事から「発達障害の柔道の指導の広がりを考えてください」というお話をいただきました。 いま全柔連は学童にも取り組んでおり、様々なことに挑戦して柔道のすそ野を広げようとしています。
子供を指導するとき、子供が主役ですが、指導者も輝ける場所でなければなりません。充実していることを感じたり、有意義なことをしていると感じたりする場をどうやって作っていくか重要であり、そのためには、judo3.0を含めて、様々なところと連携して協力していくことが必要だと思っています。
メッセージ
長野:私は普段、愛媛県柔道協会を通じて全柔連さまとお付き合いしていますが、動きが変わってきたことを実感しているので、これからを期待しております。今回は世界自閉症啓発デーを記念したyoutube配信ということで、発達障害に取り組む様々な柔道の関係者が登壇します。最後に、メッセージをお願いいたします。
木村:皆さんがいろいろ取り組んでいることは本当にすごいことであり、柔道の原点だと思います。柔道には様々な可能性があります。ぜひ自信をもって進めていただければと思っています。
私は東京オリンピックまでオリパラ教育に携わっていました。このなかに「I’mPOSSIBLE(アイムポッシブル)」という私の好きな言葉があります。「impossible(不可能)」に、たった一つの点((‘)アポストロフィー)をいれるだけで、I’mPOSSIBLE(私はできる)」になる。
様々な輝きを持つ子供達のために、「impossible」だと思えるようなことも「I’mPOSSIBLE」にする、そのために地味な努力やみんなで協力していくことが大事だと思っています。私も微力ですが、皆さんの様々な活動に協力して進めていけたらと思っています。
長野:木村先生、本当にありがとうございました。