バランス感覚を育む

バランス感覚を育む
・バランス感覚の重要性
人にはなぜ、バランスをとるという機能が備わっているのでしょうか?それは人が何かの活動をする際に重力に対し最も適した姿勢を維持するためです。
走るとき、ボールを投げるとき、文字を書くなどの活動において最も適した姿勢を維持できることは活動のパフォーマンスを上げる上で重要な要素となります。また、活動の前段階である情報を得るという働きにおいてもバランスをとる必要があります。人は見る、聞く、感じるなどの感覚器からの情報をもとに活動しており、これらの感覚器を正常に働きに働かすためには身体のバランスを調整し、感覚器が機能しやすい姿勢を維持しなければなりません。例えば、重心が定まらない状態では、細かい物を見るという作業は困難になります。また、重心が定まっていない状態で左右の手のひらに物をのせて左右で重さを比べることは難しいでしょう。
このようにバランス感覚は人間のすべての活動に大きく影響を及ぼす非常に重要な感覚なのです。
・効果的なバランストレーニングとは
発達性協調運動障害など身体操作に苦手さ、または未熟さがある児童に運動指導をする際にはいくつかの点に注意が必要です。その中でもっとも注意すべき点は動きの中ででもバランスがとれているか?重心が定まっているか?ということです。
近年、科学の進歩により様々なロボットが開発されていますが、人間のようにスムーズに歩けるロボットはまだ存在していません。二足歩行でスムーズに歩くということは非常に高度な技術を要することなのです。それは二足歩行する際には「バランスをとる」という働きと「進行方向へ進む」という2つの働きを同時にしなければならないからです。特に「バランスをとる」という働きには非常に高度な技術を要します。
人が歩くとき、「進行方向へ進む」ことは意識していますが、「バランスをとる」ことは通常は無意識で行います。つまり、人は無意識で「バランスをとる」という非常に高度な技術を使いこなしているわけです。ところが発達性協調運動障害などで動作にいわゆる不器用さを伴う人の多くがバランスをとることに苦手さがあります。また、バランスをとるということが無意識で行われているがゆえに当人がバランスの問題に意識が向かない傾向にあります。
動作の基本である歩く、走る、止まる、方向を変える、ジャンプするなどの際にも常にバランスをとることが必要です。例えば、走ることに苦手さがある人は「自分は走るという動作が苦手である」という認識はあるが、バランスをとることに問題があるとはなかなか気づきにくいものです。
バランスの問題は意識しづらいことはトップアスリートでも同じです。箱根駅伝などでも活躍している名門早稲田大学競争部にて医療的な視点からコーチングをされている知野亨先生もパフォーマンスの向上やケガの予防、治療を目的として選手が意識しづらい少しのバランスのずれを修正するためバランス機能を高めるトレーニングを指導されています。
さて、具体的にバランスをとるとはどういうことかというと、内耳にある平衡感覚受容器や筋肉や関節にある固有受容器(位置、動きの方向や速度などを把握する器官)からの情報をもとに脳で自身の身体がどのような状態であるかを把握し、バランスを保てるように脳から筋肉へと指令を出すことです。そして、バランスをとる機能をトレーニングすることは「平衡感覚及び固有受容器の感度をトレーニングする」入力系と「脳からの指令に従いバランスをとるために働く筋肉をトレーニングする」出力系の両方をトレーニングするということです。
この出力系のトレーニングを行う際に注意すべきポイントがあります。動作の際にはバランスをとることに優先して使われる筋肉と、動くことに優先して使われる筋肉があります。バランスをとることが得意な筋肉は主にインナーマッスルといわれる筋肉で、持久力に長けている筋肉です。また、動くことが得意な筋肉は主にアウターマッスルと言われ非常に力強く、瞬発力に長けている筋肉です。つまり、インナーマッスルとアウターマッスルの使い分けができたトレーニング内容でなければ効果が期待できません。
例えば発達性協調運動障害があり身体操作が上手くできない児童にインナーマッスルを鍛える目的でヨガのポーズのような静止したバランストレーニングを行うように指示したとします。児童が動いてしまうと指導者が「動かないように」と指示を出すと、素直な児童は動かないように全身を固めるように力を入れようとするでしょう。この際に児童は強く意識して力を入れるためアウターマッスルを使って全身を固定しようとします。つまり身体操作が上手くできない児童にとって静止したバランストレーニングはバランスをとる際にアウターマッスルを優位に使ってしまうリスクがあるのです。
では、身体操作が上手くできない児童がバランス感覚を向上させ、実用的なバランスをとる力を身につけるためにはどのような運動が適しているのでしょうか?
それは、動きながらバランスをとる、何かをしながらバランスをとるなどバランスをとることに意識を集中させすぎない状態でバランスをとるトレーニングを行うことです。
例えば、①バランスディスクに乗ってキャッチボールをする②ケンケン相撲③バランスボールに座って本を読むなどです。通常は特別な器具などを使わなくても、下り坂を走ったり、公園のアスレチックで遊ぶなどやや不安定な状態で運動をすることでバランス感覚は育まれますが、身体操作が苦手な児童には補助的に前述のような運動を取り入れる必要があります。
また、私が運動指導の責任者を務める文武両道の放課後等デイサービス「みらいキッズ塾」では発達性協調運動障害がある児童に週に2回の柔道のプログラムを実施しています。柔道の中でも「崩し合うこと」を軸として柔道プログラムを行うことでバランス感覚やバランス調整力を育むのに柔道が役立っています。また当施設で行っている柔道は参加する児童が楽しく取り組むことができるプログラムとなっています。柔道はパートナーと2人で行うスポーツであるため、パートナーがコーチ的役割と支援者的役割を担うことで様々なハンディがある児童にも対応ができ療育的価値が非常に高いスポーツであると言えます。

・ボディーイメージの形成
次に筋肉や関節にある固有受容器について少しふれておきます。固有受容器という言葉は一般的には耳慣れない言葉だと思いますが、人間が生きていく上で非常に重要な感覚器の一つです。固有受容器は筋肉や関節にあるセンサーで、それによって位置や状態を把握することができます。例えば目を閉じていても自分の腕を思い通りの角度に曲げることができたり、振動やスピードを感じることができるのは固有受容器の働きです。固有受容器はバランスをとる際に重要な器官ですが、ボデーイメージの形成という役割も担っています。ボデーイメージの形成は具体物としての身体像の把握だけでなく、いわゆるアイデンティティの確立にも大きくかかわるものです。
・バランストレーニングの効果を高める基礎運動
通常は効果が期待できるバランストレーニングをしていても身体の動くべきところが動いていないために十分な効果が得られない児童がいることが良くあります。詳しく言うと動くべき関節が動くべき方向へ動いていない状態です。実は発達性協調運動障害の児童の中にはこのようなお子さんが多いのです。バランス感覚の発達が不十分なまま生活をしている中で偏った身体の使い方をしてしまい一部の関節が動きづらくなっているのです。このケースでは関節の動きをスムーズにさせる運動が必要となります。この関節の動き、つまり関節可動域を改善させる運動はあらゆる運動の基礎運動にもなります。この関節可動域を改善させる基礎運動については別章にて詳しく説明させていただきます。

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